Args.Engineer

文系出身20代ITエンジニアが業界若手にITの極意を伝授!

管理人RYOの自己紹介②

f:id:ryo-args-engineer:20180712230740j:plain

こんにちは!管理人のRYOです!

 

これから読者の皆様に情報を発信していく前に、まずは簡単に私の自己紹介をさせていただこうと思います(^^)!

(前回の記事からの続きになります。)

 

以下は私の略式年表です!

 

  • 1994年 長野県生まれ(2018年現在24歳)
  • 2012年 高校卒業後、東京の私立大学に進学。専攻は経済学
  • 2015年 就職活動の時期に「テクノロジカル・シンギュラリティ(技術的特異点)」に関するネット記事を読み、ITの世界に飛び込むことを決意
  • 2016年 都内の中小IT企業に就職。C#/Javaがメインの受託開発チームに配属
  • 2017年 安月給・会社の業績悪化・上司のパワハラに危機感を覚え転職を決意。
  • 2018年 新しい働き方に興味を持ち、フリーランスSEに転向。

 

今回は就職後にITの現実を目の当たりにしたお話になります…

 

 

 

同期との差の実感、「新人教育」に対する疑惑

f:id:ryo-args-engineer:20180712230849j:plain 
必死のアピールの甲斐あってシステムソリューション事業部に就くことができたRYOでしたが、入社後の新人研修で同期とはスタートラインが異なることに気が付きました。

 

同期が全員理系学部出身&だいたいプログラミング経験済

新卒採用を始めたのがここ数年ということで、(予想通り)工学部、情報学部や専門学校卒の同期がほとんど…

 

というより、私以外全員がそうでした。

それに、程度に違いはあれど、同期はプログラミングに関しても大学や専門学校で触れていた分私よりもリードしている状態。

 

「文系でもオッケー!」と言っていた採用担当者の方も、まさか本当に来るとは思っていなかったのかもしれません(笑)

 

まさかのブン投げ研修で置いてきぼり

新人研修は2ヶ月に渡り、4月はマナー研修などの全体研修、5月はみっちりとプログラミングを勉強する期間に分けられていました。

特にプログラミングの学習は6月からスムーズに現場に移れるようにと、大規模案件に強いプログラミング言語の「Java(ジャヴァ)」の勉強をメインとして最終的にOracle社のJava認定資格である「Java Programmer Silver SE 7」を取得することを目標とした研修でした。※現在はSE 9が最新。

(難易度としては「Silver」と付くように、Javaプログラマーとして中級者程度のコーディング知識・スキルを問うレベルです。)

 

しかし研修とは名ばかりで、なんと講師はおらず、分厚い入門書を渡されて放置されるという独学状態に。

後に聞いた話では、当時は新卒採用を始めてから月日が浅いことが災いし、新人研修を複数の部署の人間にまたいで管理していたために、講師を用意する時間がなかったことが原因だったようです。

いずれにせよ、結果としてほぼ新人の間で完結した研修体制になったため、私のプログラミングの勉強は何と自学からスタートすることになりました。

 

同期の中で私が一番知識が浅いため、他の同期から教えて貰いながら進めていました。しかし大前提のアルゴリズムやコーディングの何たるかを理解していなかったので、頭の中には常に「?」でいっぱいでした。

「プログラミングは入社してから勉強すれば大丈夫!」と言っていた人事担当の方の言葉を鵜呑みにしたばかりに、私は早速スタートから取り残されてしまいました…

 

何とか試験に合格!…から、3ヶ月間のブランク

同期達が入門書を一冊読み解き終わる中、私は3割程のところで詰まってしまい、特にJavaの特徴であるオブジェクト志向に関する部分の理解が一向に進みませんでした。

 

心に抱いた夢のため、それでもめげる訳には行けない!と必死に勉強したものの、結局試験は1回落ちてしまい、再試験の2回目でやっと合格することができました。

今思い返しても無茶な研修でしたが、それでもあの時の私はよく頑張った方だと思います(笑)

 

資格を取得したところでようやくスタートライン!

ほぼ自学の研修も終わりこれからどんな仕事が待っているのかと期待に胸を膨らましていましたが…

 

6月から8月まで、放置!

参加するプロジェクトが決まらず、雑務を投げられるだけの日々が始まり、その状態が何と3ヶ月も続きました。

 

IT企業は通常、プロジェクト(案件)単位で活動を行います。4,5人の小規模なプロジェクトもあれば、100人を超える大人数のプロジェクトもあり、スキルや経験を考慮して各プロジェクトに配属されます。一般的な日本のIT企業の場合、大抵社外のオフィスや別会社に「客先常駐」という形で「派遣」され、発注者を含む複数の会社の人間と協力しながらプロジェクトを進めます。

早い話、プロジェクトを手伝いに行くポジションということです。

 

同期達は社外常駐のプロジェクトに配属されていく中、私は業界未経験の経歴を考慮されて社内の受託開発」のチームに配属されました。

 

受託開発」とは、社外のプロジェクトに参画する「客先常駐」と違い、自社が主導でお客様からオーダーを受けつつ開発を進めるスタイルです。

そして一応幸運なことに、自社が「元請け」の受託開発プロジェクトに携わることができました。

(ITではこの元請け・下請けの親子関係がプロジェクトを進めるうえで重要なポイントになるのです。)

 

しかし私が配属されたタイミングで自社で請け負うプロジェクトは軒並み開発が落ち着き、しばらく手持ち無沙汰な期間が続くことになったのでした…

 

仕事が全然上手くいかなかった入社1年目

f:id:ryo-args-engineer:20180712230922j:plain

そうして悶々とした日々を過ごした後、9月1日付でようやく正式にプロジェクトに参画させていただくことができました!

プロジェクトの内容はある企業が使用している社内システムのリプレイスでした。 

 ※リプレイス…既に出来上がっているシステムを別のハードウェアやプログラミング言語を使って作り変えること。システムの再構築。

 

この案件は工期は半年、20名近くからなるやや大きな案件でした。

しかし参画するメンバーは入社2年目までの若手と40代のベテランのみで構成されており、人手が足りないということで中堅不足のために若手もがっつりと設計に関わることになったのです。

そして私が一番若かったこともあり、プログラミング・設計に加え会議の調整・議事録係やメンバーへの連絡と言った雑務も一気に任されることになりました。

 

急に色々な仕事を振られるようになり、さらに議事録の記載や設計のためにシステムの全容について一気に勉強する羽目に。

 

この時、年末までの約3ヶ月ほどで同時に勉強した(させられた)言語はC#/Java/SQL/HTML/CSS/JavaScript/batと多岐に渡ります。

さらには年明けから始まったシステムのテスト期間ではライブラリ管理者(システム環境の整理をする人)に任命され、ソースの管理やリリース(システムを外部に向けて公開する作業)も行うことになり、あまりの知識量にキャパシティーが一気にオーバーし、分からないことが分からなくなるループに陥りました。

 

議事録の書き直しにために会議のボイスレコーダーを聞き直す、他のメンバーが作成したシステムの仕様書を読みつつ、自分も設計書を作って開発を進めようとするも、エラーが多発…

パンクしそうな頭を抱えて仕事にふけっていたため、徐々にそれぞれに手が回らなくなり、タスクが溜まったことで上司からも注意されるように。

しかも非常に威圧的な上司でしたので、段々と詰める責め方になり、一層苦しい状況になりました。

残業をしてもゴールが見えてこない開発作業に、私は抜け毛や白髪が増え、体重も5キロほど痩せて胃痛を患うようになりました。

 

テストも終わり、やっとの事で辛い開発が終わった頃には思ったよりもずっとハードな世界に絶望し、上手く仕事を回せなかった自分に失望し退職を考えるほどでした。

 

後々同期達に聞いてみたところ、どうやら他所のプロジェクトに比べて私は明らかに振られる仕事の種類が多かったようです。また、工期や開発体制も性急な部分が多かったらしく、駆け足の案件だったことが判明しました。

(他の同期達はプログラミングどころかテストしかしていない子も。それはそれで…)

しかし疲れてしまっている時は人の視野は狭くなるもので、当時の私は本気でショックを受けていました。

 

「あれ?もしかしてこの会社、ブラックかも?」入社2年目の不安

失意の1年目が過ぎ、システムの完成とともに入社2年目の生活が始まりました。

後輩も入社し、私は早々に入社1年目の部下を持つことになりました。

プロジェクトの方はシステムの納品とともに一旦の解散となり、私はそのままシステムの保守(メンテナンス)チームに配属されることに。

保守はシステムに異常が発生した時に修理対応するヘルプデスクのようなものですね!

システムを開発していた時期より仕事量も減り、ここで私は後輩の育成をしつつ少し自身を見つめ直す時間ができました。

 

すると、先輩や上司、同期と飲み会などを通じた会話を整理してみて、何か胸に引っかかる思いが芽生えることに気が付きました。

 

一つはまず、残業に対する意識がとても鈍い(鈍くなっている)ことです。

残業は普通「仕事が間に合わない時に臨時で行う」というものが社会人になる前の私のイメージでしたが、社内のメンバーは皆一様に「残業はあって当たり前」と言うのです。

恐ろしいことに、上司は勿論、同期までもが常駐先での生活を1年経てそういった認識を持つようになっていました。それどころか口を揃えて残業を自慢する皆にとにかく不気味さを感じました。

 

もう一つは、仕事量や残業時間に対して明らかに給料が安いことです。

新人だから当たり前!と言う意見はごもっともですが、問題なのは入社して3年目の先輩や、さらには40代の上司すら給料が少ないことを仄めかしていたことです。

私が人事担当の方から聞いた話では「この会社では30代で年収600万ぐらい!」と豪語していましたが、内実が噛み合っていないように感じ、

600万という数字は残業代が込なのではないか?もしくは込でも届いていないのではないか?」という疑念が強く頭をよぎりました。

 

こうした疑念は、入社2年目の昇給で明らかになりました。予想していたとはいえ、雀の涙程しか上がっていなかったのです。

計算してみると、現在の給与から30代で600万を目指すには昇給ペースが6倍以上足りていませんでした(苦笑)

 

そして決定的だったのが、2年目に訪れた会社のシステムソリューション部門の業績不振でした。私が所属する受託開発チームが好調だったのに対し、社外の客先常駐の案件が次々に炎上。この炎上により、受託開発チームが作った黒字がパーになるほどでした。

炎上…納期が迫っているものの開発が滞り、システムの納品の目処が立たなくなってしまうこと。

 

あまりにも先行きが怪しい会社への不信から、私はこの会社で長く勤め上げることを諦め、転職という道を決意したのでした。

 

今だからこそできる!フリーランスSEという選択肢へf:id:ryo-args-engineer:20180712231620j:plain

 転職を決意した2017年の6月頃から、どのようにして次のキャリアを積むべきかを考えていました。

不幸中の幸いですが、1年目のプロジェクトでの経験から同期と比較してITスキルは意外と充実したものになっていました。

雑務も多くありましたが、システム全体に関わりがあったおかげでプログラミング、設計、環境の構築など満遍なく色々なことができるようになっていたのです。

 

しかし求人情報を覗いてみると、業務経験は満たしていても、経験期間が圧倒的に足りず非常にネックとなっていました。

 

第3の選択肢・フリーランス

通常、ITの世界では業務経験が3年以上あることが一人前の条件です。2018年現在私はまだ満たせていませんね(笑)

この3年以上という期間はITエンジニアを名乗るためには最低担保のようなものなので、それ以下の場合はほぼ未経験の新人と見なされ、転職先も絞られてしまいます。

 

実際、私の経歴では転職先の条件も現在とほぼ変わらないようなものでした。

ほとんどの求人は経歴で弾かれ、選べる転職先は天国か地獄か分からない、博打とも言えるベンチャー企業しか残されていません。

 

そこで私は、フリーランスという手段を選ぶことにしました。

フリーランスとは会社に所属しない個人事業主、いわば自営業です。

実は日本のITにおいてはフリーランスという働き方はここ数年で一気にポピュラーになりつつあります。(何故流行り始めているのかという点については長くなるため今は割愛いたします。)

 

と言っても私の場合は完全に個人で契約を取りに行くのではなく、エージェント(営業代行)を挟むことでプロジェクトへの参画を狙うスタイルを選ぶことにしました。

 

エージェントを介することの利点

IT業界大手のエージェントといえば、レバテックビズリーチが有名ですね。

エージェントは簡単に言えば、マイナビリクナビホットペッパー食べログに近いものと考えていただければOKです!

求職者と企業はそれぞれ契約手数料や仲介料を払って間にエージェントを挟むことで、求職者と企業をエージェントが仲立ちする形になります。

 

[求職者] ⇄ [エージェント] ⇄ [求人企業]

とエージェントは企業に求職者を紹介し、求職者に企業を紹介します。

求職者は自身で営業を掛ける負担を減らすことができます。また、現場への不満や契約内容についてもエージェントに相談することができます。

また、企業は信頼できるエージェントを経由して人材を確保できるので、双方に利点があるやり方でもあります。

 

シンギュラリティへの興味からIT業界を研究していた頃から「いずれ日本では会社に勤めないという新しい働き方が流行るだろう」という思いがあり、やはりというべきか、既にIT業界ではフリーランスとして働くことができる土壌が出来上がりつつあります。

現在はこのエージェントを介する形態が多いですね。 

 

フリーランス案件を選べることが最大の利点です!

参画する案件もエージェントが私のスキルに合わせて探してくれるので、スキル不足の現場に派遣されることはありません。

何より、無茶な現場だった場合は契約単価を上げてもらったり、職場を変えてもらうことも可能です。

残業が多い場所を自分から避けることができるため、むしろ会社員よりも安全に仕事をすることができます。

 

私もエージェントにお世話になり、退職の準備を進めながら案件の相談に乗ってもらい、

・残業が少なく安定した職場

・家から電車で一本

C#(シーシャープ)やJavaで開発ができる案件

を探してもらいました。

これだけの条件を業務経験2年足らずの人間に見つけてもらえるのか不安でしたが、拍子抜けするほどあっという間に案件が決まりました!

逆に若いことが決め手になり、生き生きして仕事をして欲しいと期待の念を込められました(笑)

 

Args.Engineerで伝えたいこと

そして満を辞して2017年12月をもって退職。2018年1月からC#Java両方を活かすことができる新しい職場に就き、現在に至ります。

 

長くなりましたが、私の来歴は以上になります。

フリーランスSE生活も半年が過ぎ、非常に安定した生活を送っています。

少なくとも、社会人1年目に経験したような無茶な仕事の割り振りがなく、また残業もほぼない状態なのでとても幸せです!

 

自己紹介が終わったところで、Args.Engineerでは今後「IT業界の展望」や「いかにしてプログラミングを勉強したか」などなどを紹介していきます!

まだまだ社会人としてもITエンジニアとしても若輩者ですが、私の経験を基に、これからIT業界を志す方にリアルな体験記とどうキャリアを積むべきかなどを伝えられたらと思います!

楽しみにしていてくださいね!